青森県ゆかりの文学
青森県ゆかりの作家・作品の評論で活躍する著者が贈る平成3年〜19年までの新聞紙上からのブックレビュー。厳しい風土が育んだ豊かな感性と精神が横溢する100冊余の魅力。いま北の文学がおもしろい。
「あとがき」より抜粋
小著は、青森県の新聞「東奥日報」〈郷土の一冊〉と「陸奥新報」〈書評〉〈文芸時評〉の欄に発表したものをまとめたものです。
二紙には、書評のほかに、エッセイや郷土の作家についての感想などを、数多く掲載させていただきました。エッセイ、感想などについては、別の機会を待ちたいと思っております。
いずれにしましても、貴重な紙面をお借りして、拙文を発表させていただきました。あらためて厚く御礼を申し上げる次第です。
発表したすべての書評をまとめるつもりでしたが、残念なことに、当方の生来の無精さと、ワープロからパソコンへの変換ミスによって、散逸したものもあります(新聞の切り抜きもしておいたつもりでしたが)。
また、たとえば、「陸奥新報」(平成十五年八月十九日付)に掲載した、工藤正廣北海道大学教授(当時)の〈秋田雨雀論〉に触れた「いま、雨雀が甦る」は省いてあります。「郷土作家研究」創刊三十号特別号の原稿のために、すでに引用してあるからです。
ところで、当方が担当してきた〈書評欄〉は、四〇〇字詰原稿用紙にして二枚から三枚半であり(なかにはオーバーしたものもありますが)、作品の梗概を紹介しただけで紙幅が尽きる、ということになるため、著者の紹介や出典の明示などは、ほとんど省略せざるを得ませんでした。
それゆえ、いきなり氏名だけを提示し、引用を繰り返すという結果になってしまいました。
そのなかで、何度も引用させていただいた作品について述べておきたいと思います。
何処(どこ)から何処へ、ということは、人生の根本問題である。我々は何処から来たのであるか、そして何処へ行くのであるか。これがつねに人生の根本的な謎(なぞ)である。(三木清『人生論ノート』昭和五十九年二月 新潮文庫版)
郷土史家の郷土愛にもとづく視野の中心は、どうしてもその生れた土地に置かれ、そこに遠近法が成立するので、その価値批判などに、時に客観性に乏しい身贔屓に落ちいる惧れもある。しかし、それは恋愛に似ているので、恋文の客観性を論ずるのは愚かである。又、恋する相手の真の美しさを発見するのは、恋人に限るというのも真理である。(中村真一郎「松前文化の特殊性―一画家の生涯と仕事を通して―」「文学」一九八六年十二月号 岩波書店刊)
土俗的で地方的(ローカル)で特殊な風土に密着しもっとも深く濃く描いた作品の方が、はじめから共通の人間性や一般性をめざした作品よりかえって強烈な存在感で、普遍的であり根源的であるように思える。つまりもっとも風土的な文学こそ、もっとも普遍性、超越性、永遠性を持つ文学であると言うことができるのではないか。(奥野健男『現代文学風土記』昭和五十一年十一月 集英社刊)
この作品はまず「中央公論」に連載されたものだが、複雑な魅力の醸成には、連作という形式もプラスに働いているようだ。大きな流れとしては、母の生涯、母と娘の生活を回顧しながら、各一篇一篇のなかでは、過去と現在のあいだを自在に往復し、さまざまな時間と空間が交錯するので、単一の時の経過にそって書いたのではなかなかとらえられない、いわば人生の総体が浮かび上がってくる。それは人間が、決して後には戻らない時の絶対的な流れによって運ばれながら、意識のなかでは絶えず過去と現在を往復して生きている存在であるからに違いない。(長部日出雄『太田治子著・心映えの記』解説文 昭和六十二年六月 中公文庫版)
繰り返し引用させていただき、まことにお世話になりました。また、他の作家・評論家のみなさんに対しても、心から御礼申し上げます。ありがとうございました。
新聞に発表した文章を、本書の割付けにすると、いろいろと不都合が生じてきました。新聞は一行が十一字、本書は四十四字の組み立てですので、特に句読点と改行が課題でした。
したがいまして、新聞発表時の文章に、行替えや加筆、削除、訂正を施すことにしました。
また、発表期間が平成三年から十九年まで及んだこともありましたので、なるべく表記の統一を図ることにしました。
なお、新聞の記事や日付の確認を含め、青森県近代文学館、弘前市立郷土文学館をはじめ各関係機関のご協力をいただきました。ありがとうございました。
小著を上梓するにあたり、竹森茂裕弘前ペンクラブ事務局長には、ご多忙のところ、校正をお手伝いしていただきました。
深く感謝を申し上げます。
「目次」より
- 第一章 三浦哲郎の作品
『文集 母』 / 『短篇集モザイクIII わくらば』 / 『母の微笑』 / 『いとしきものたち』
- 第二章 赤羽堯の作品
『〈死海文書〉殺人事件』 / 『流沙伝説』 『感染 劇症!殺人ウイルス』 / 『砂漠の薔薇』 『アレクサンドロス大王征服記』 / 藤 寿々夢『赤羽堯の世界』
- 第三章 立石勝規の作品
『東京国税局―政治家を追え』 / 『東京国税局査察部』 / 『遺産立会人』
- 第四章 郷土の先人を仰ぐ
司馬遼太郎『北のまほろば 街道をゆく 四十一』 / 獏 不次男『津軽太平記 津軽の鷹・為信公一代記』 / 佐賀 郁郎『石田三成と津軽の末裔』 / 弘前学院大学地域総合文化研究所「地域学三巻」 / 稲葉 克夫『陸羯南の津軽』 / 神山 典士『ライオンの夢 前田光世伝』 / 神山 典士『「日本人」はどこにいる―今に生きる武士道のこころ』 / よみがえる世界最強の男 / 石坂文学は死なず / 西尾 幹二「『青い山脈』再考」 / 高橋 昌洋『回想の師 石坂洋次郎』 / 小野 正文『太宰治をどう読むか』 / 相馬 正一『評伝太宰治 改訂版(上・下)』 / 小野才八郎『太宰治語録』 / 野原 一夫『生くることにも心せき 小説・太宰治』 / 推理小説は、津軽がお好き / 船水 清『棟梁 堀江佐吉伝』 / 船水 清『版画家 下澤木鉢郎』 / 篠崎淳之介『高木恭造の青春世界』 / 阿部 誠也『燃える津軽 小説津川武一』 / 阿部 誠也『津川武一の軌跡』 / 阿部 誠也『あおもり文学の旅』
- 第五章 郷土の自然と文化のなかで
根深 誠『遥かなるチベット』 / 根深 誠『北の山里に生きる―みちのくの自然と人生―』 / 三浦 章男『おお悲し、泣くはみちのく岩木山』 / NHK編『みちのく文学散歩』 / 北の会編『志功・太宰・寺山と歩くふるさと青森』 / 北の会編『新編 太宰治と青森のまち』 / 俳人協会県支部編『青森県俳枕』 / 工藤 正廣『TSUGARU』 / 小笠原 功『津軽弁の世界 I・II・完』 / 小笠原 功『白神山地・岩木川周辺の物語―その民俗の底流を探る』 / 高橋 竹山『自伝 津軽三味線ひとり旅』 / 大篠 和雄『津軽三味線の誕生』 / 松木明・松木明知『津軽の文化誌 III』
- 第六章 多彩な作品群
佐木 隆三『死刑囚 永山則夫』 / 小野 淳信『随筆集 鳩笛』 / 赤石 宏『ほらふき自叙伝―ボクの昭和史アルバム』 / 長谷川貞助『続・書き続ける』 / 櫻井 溥『小指の痛みは全身の痛み』 / 壽惠村元文『赤い鳥居』 / 工藤 英寿『遥かな今日』 / 安田 保民『ちょっとだけ甘い夢見させて』 / 清水 明『哲学者シミシミの気になるハイテク語』 / 丸山 悠『草の指輪』 / 自然 先紀『ショッパイ河を漂って』 / 瀬川 紀雄『短編集 道端に風光り』 / 木田 孝夫『ねぷたが笑った』 / 田澤 拓也『空と山のあいだ』 / 鈴木 健二『今、読書が日本を救う』
- 第七章 津軽ゆかりの女性たち
津島美知子『増補改訂版 回想の太宰治』 / 佐藤 愛子『血脈(上・中・下)』 / 金丸とく子『真珠の人』 / 中村 キネ『歌集・紐飾り』 / 宮崎 素子『新・草の町』 / 佐藤 きむ『茶髪と六十路』 / 佐藤 幸子『北畠八穂の物語』 / かさいちかこ『風のワンピース』 / 葛西美枝子『雪のうた』 / しま・ようこ『“敗北の豊かさ”からの出発』 / 渋谷江津子『野に花 里に人』 / 国 麻美『命尊し』 / 清水 典子『私的に素敵―津軽の女性たち』 / 清水 典子『私的に素敵 夢追い人』第二集 / 清水 典子『心の四季』
- 第八章 同人誌を読む
日常性を追求する文学 / 二十一世紀への志向を / 豊かなサービス精神 / 多彩な地元文学 / 「衝撃を伴う感動」も / 意欲に満ちた作品群 / 充実する青森ペンクラブ / 旺盛な表現意欲を示す男性群 / 二〇〇〇年を振り返って / 表現への強い意欲 / 物書きたちの意気 / 「弘前民主文学」の役割 / 弘前文学学校の挑戦
- 第九章 三浦雅士の作品
『身体の零度』 / 『バレエの現代』 / 『考える身体』 / 『青春の終焉』 / 『村上春樹と柴田元幸のもうひとつのアメリカ』
- 第十章 鎌田の作品
『椎の若葉に光あれ 葛西善蔵の生涯』 / 『反骨のジャーナリスト』 / 『時代を刻む精神』 / 『忘れてはいけないことがある』 / 『狭山事件―石川一雄、四十一年目の真実』 十一章 長部日出雄の作品 『まだ見ぬ故郷(上・下)』 / 『精神の柔軟体操』 / 『風の誕生』 / 『二人の始発駅』 / 『続 振り子通信』 / 『辻音楽師の唄 もう一つの太宰治伝』 / 『反時代的教養主義のすすめ』 / 『鬼が来た 棟方志功伝(上・下)』 / 『二十世紀を見抜いた男―マックス・ヴェーバー物語』 / 『桜桃とキリスト もう一つの太宰治伝』 / ダブル受賞に輝く
- 第十二章 あとがきの前に
豊かな文学の風土 / 著者からの贈物
著者略歴
斎藤 三千政(さいとう・みちまさ)昭和22(1947)年、平賀町(現・平川市)に生まれる(本姓・齋藤)。
青森県立弘前高等学校を経て、新潟大学人文学部国文科専攻を卒業。伊狩章教授の指導を受け、卒業論文に「太宰治論」を書く。
大学卒業後、青森県立三沢高校、同木造高校、同弘前高校の各高校で、27年間、国語教師として教壇に立つ。
平成10年、青森県教育庁スポーツ健康課、同12年から4年間、青森県近代文学館室長を務める。
平成16年、青森県立大鰐高等学校長。同18年、青森県立黒石高等学校長、現在に至る。
日本近代文学会員、弘前ペンクラブ副会長、青森県郷土作家研究会理事。国看護高等学校長協会理事・東北地区協議会会長。青森県学校図書館協議会会長。





